ヒストリー

今年で5回目となるこのCandle Live
過去4回を振り返りながら、今年までの進化の過程を紹介します。

2005年 希望への灯り

2004年10月23日中越地震発生
この瞬間から私達は長く険しい復興への戦いがはじまりました。被災地へのボランティアはもちろん、私たち自身も風評被害という大きな情報被害が発生しました。途方に暮れる毎日・・・・
そんな中1人のちょっと変わった人(ちょっとスケベ)が言いました。
「地震で被災された方々を支援しつつ、俺達も復興しよう!!」
そして、提案したのが、ここ湯沢に訪れたお客様にチャリティーキャンドルをお求めいただき、雪灯りを楽しんでもらいながら収益を義捐金として被災地に送ろうというものでした。私達自身も街中で100日間キャンドルを灯し続けると宣言し、吹雪の中、凍えるような寒さの中鼻水を垂らしながら達成しました。
そして、100日間で集まった義援金総額 約200万を被災地に贈ることができました!!

希望への灯り希望への灯り希望への灯り

2006年 希望への灯りからCandle Liveへ

徐々に復興への階段を登りながら、私たち自身も次なるステップを見出し始めました。
希望への灯りで得た沢山の方々からの評価の言葉、被災された方々との交流の中で頂いた感謝の言葉と気持ち・・・ 
そして、1人のアホ(かなりアホ)が言った。
「キャンドルのテーマパークを作ろう!!」
光と音を融合させて、幻想的な雪灯りの世界を楽しんで頂くという素敵な企画。
しかし、ここ越後湯沢は、言わずと知れた日本有数の豪雪地帯・・・
さらにこの年は稀にみる豪雪(会場の積雪は4メートルありましたww)
しかし、そんなものは熱い雪人(ゆきんちゅ)の前では意味もなく、みんなの徹夜さながらの働きにより無事撃破!!
すばらしいイベントとなりました。

希望への灯りからCandle Liveへ希望への灯りからCandle Liveへ希望への灯りからCandle Liveへ

2007年 初めての壁

イベント当日、2月中旬にも関わらず積雪0メートル・・・・・・
天気は雨・・・・・・
この年は今までよりももっと音楽的アプローチを強化しようとイベント会場内に屋外ステージを設置し、アーティスト、音響etcに尽力を注いで準備を進めました。
しかし、会場いっぱいに灯りが燈ること無く、ただの屋外音楽イベントになってしまいました。
正直、実行委員会メンバー一同「やっちまった~(苦笑)」でした。
それでも、来場して頂いた方々が音楽を楽しみ、一緒にキャンドルを灯す作業を手伝って頂いたおかげで無事成し遂げることができました。
本当に支えていただいた町内外の皆様に感謝すると共に、「来年必ずまた素晴らしい空間を作る!!」と一同結束を固めた貴重な年となりました。
また、冬のリベンジで初めて春の「桜キャンドル」を試みたのもこの年でした。

希望への灯りからCandle Liveへ希望への灯りからCandle Liveへ希望への灯りからCandle Liveへ

2008年 会場を新たに

この年、前年の事を考えれば規模を縮小して確実性を取るのがセオリー・・・・
しかし、1人の馬鹿(大BAKA)は、言いました・・・・・・
「越後湯沢の駅から山の山頂までキャンドルロードを作ろう!!」
聞いた瞬間、冷や汗をかいた人、笑った人 様々でしたが、やるときゃやる!!それが雪人です!!
X japanも言ってました「やるときゃやれよ~!!おぇ~!!」と・・・
そして、メイン会場も現在の湯沢高原ロープウェー布場ファミリーゲレンデに移し、新しい一歩を踏み出しました。
この年から、飛躍的に外部の方(外部団体、町民以外)との協力関係が強固なものとなったのも特徴でした。
ポスターのデザイン、Dj、マンションの方々、地元企業・・・ 本当に感謝です。

2008年 会場を新たに2008年 会場を新たに2008年 会場を新たに